1984年中国の旅(10)北京

8月4日
 ついに首都北京にやって来た。とにかく広い、人が多い、近代的、大都会という感じ。日本から見れば、汚い、不便な街だろうが、10日以上中国を歩いてから来れば、まさにメトロポリスである。
天安門広場はやたらと広い。圧倒される広さである。(1984年)
 約20年後の2002年に、北京を再訪した。そのときの北京の印象は、「田舎」。下町の胡同の四合院のホテルに泊まったせいもあるかもしれないが、上海などと比べると、昔のまま残っている古都という感じがした。
84年に北京に着いたときには、冷たい飲み物はあるし、近代的な生活に戻れた気がしてほっとした。(2009年)
 北京では、おいしいとお薦めの北京飯店のお粥をM氏にごちそうになった。
北京飯店には、もう1度自分で食事に行ったような気がする。おいしい日本料理が恋しくなって、うなぎを食べたが、中国の太い巨大なうなぎで、日本のうな丼とは似ても似つかぬものだった。(1984年)
今見ると下手な写真ばかりで嫌になる。(2020年)
 北京で一度映画を見ておこうと思って映画館に行った。入場料は3角5分。座席指定。短編2本の後、いよいよ本編。期待していると、何と洋画で、おまけに中国語に吹き替えてあるので、さっぱり分からない。参った。(1984年)
 ハリウッド映画ではなく、スペインかどこかの刑事物だった。当時、アメリカ映画は中国では解禁になってなかったような気がする。中国では、普通話(標準語)の映画には字幕がつかないので、まったく理解不能。椅子はクッションなしの木の椅子だったが、冷房が効いていたので、昼寝できた。
本編の前に短編映画がついているというのは、日本でも昔はそうだった。ニュースなんかが最初に上映されたものだった。(2009年)
  
 とにかく故宮は壮大だ。1枚写真を撮って門をくぐると、また同じような景色が広がる。また写真を撮って門をくぐると、また同じ黄色い屋根。そんなことが何度か続いて、カメラを構える気力はすぐさま消え去る。空はぬけるように青く、容赦ない日差しが身をこがす。暑さに負け、故宮の広さに負け、日陰から動けなくなる。(1984年)

その時の故宮の印象は、広かった、暑かったのみ。20年後に再訪したときには、展示物や建物も楽しめた。当時はまだまだ観光開発がされていなかったのだと思う。今ではスタバさえある。(2009年)

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