2025年11月。 国立療養所長島愛生園。 岡山県瀬戸内市邑久町虫明。
長島愛生園は1930年にこの地に作られた。当時のハンセン病患者を隔離させるという政策の元、長島に施設を作り、一般社会と患者さんたちを完全に隔離した。患者さんたちは強制的に連れてこられこの島から出ることのない生活を強いられた。当時はハンセン病に対して恐ろしい伝染病であるとの誤った認識が広がっていた。その後、ハンセン病が治癒可能な病気となってからも、日本では1996年まで隔離政策が続けられた。世界よりも半世紀遅れた政策だった。
当時の事務本館だった建物が長島愛生園歴史館として公開されている。
愛生園の施設
長島に連れてこられた患者さんたちが最初に入れられる収容所
本土からの船はこの桟橋に着いた。現在はカキの養殖に使われていた。
長島大橋。わずか30mの海峡にこの橋が架けられたのは1988年のことだ。隔離が必要ないと分かってからも島は長い間本土とは隔絶されていた。誤った政策だったことが判明してからも改めようとしない差別の深さを表している。
長島大橋からの眺め
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